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東京地方裁判所 昭和34年(刑わ)2864号 判決 1961年1月16日

被告人

高嶺方一 外二名

主文

被告人高嶺方一を懲役三月に、被告人中村吉男を懲役四月に、被告人増井昭治を罰金二、〇〇〇円に各処する。

本裁判確定の日から被告人高嶺、同中村に対して各一年間右各刑の執行をそれぞれ猶予する。

被告人増井において右罰金を完納することができないときは、金二〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

(訴訟費用の負担部分略)

理由

(被告人らの地位身分、及び本件傷害事件発生に至るまでの経過)

一、株式会社文芸会館人世坐は、社長三角寛こと三浦守の主宰の下に本社を東京都豊島区池袋一丁目六四七番地に置き、同所において映画館文芸坐及び文芸地下劇場を、同区池袋一丁目八七〇番地において映画館人世坐を各経営していた。被告人高嶺、同中村は右会社の映写技士、被告人増井は事務職員で、いずれも株式会社文芸会館人世坐労働組合所属の組合員であつた。

二、右労働組合は、昭和三四年一月七日結成せられ、間もなく賃金値上げ等数項目の労働条件改善要求を掲げて会社と交渉を重ねたが、会社側の受入れるところとならず遂に同月二九日からストライキに入つた。右ストライキは、同年四月三日に至つて一応解決し、同月二十一日会社の営業は再開された。ところが、その後会社は、同年六月二〇日頃被告人高嶺、同増井他数名に対し、学歴詐称との理由により、次いで同月三〇日頃被告人中村他数名に対し、従来事業場内でしばしば賭博をしたとの理由によりそれぞれ就業規則に照して解雇する旨通告して来た。これに対し組合は、右解雇は前記争議以則に発生し従来不問とされて来た事項を理由とするいいがかりであり実質において労働組合活動を理由とする不当労働行為であり、かつ右就業規則は失効しており営業再開に当つて会社と組合の間に取り交わされた協定書中の「営業再開に際しては解雇者は出さない。」等の条項に違反するものであるとしてその効力を争い、被解雇者は解雇通告を無視して就労し、右被解雇者らの補充として会社が新規採用した山田熊雄ら数名の就労を阻止するとの方針を定め、被告人らは、これに従つてその後も引続き会社に出入し、映写等の業務についていた。そしてその間会社に対してはこの点に関す解雇取消、夏期手当支給等の事項に関し団体交渉を要求し、会社側は右解雇者を含む団体交渉には応じないとの態度を改めず交渉ははかばかしく進展しなかつた、そしてこれ等の問題をめぐつて会社と被告人等を含む前記組合員との間の紛争がしばしば惹起されたのである。

(罪となるべき事実)

第一、被告人高嶺は、

一、同年七月二日午前九時四〇分頃、前記文芸地下劇場映写室において映写機を操作中であつたが、同劇場映写技士長秋元重三郎が会社より終日勤務を命ぜられ、同被告人に代つて映写業務につくべく右映写室に現れた際、その就労を阻止しようとして両者口論した末右映写室に隣接する通称映写技士控室において、右秋元の両腕をつかんで壁に押しつける等の暴行を加え、よつて同人に全治約一週間を要する右背部打撲傷、両肘部等の擦過傷の傷害を負わせ、

二、同月九日午前九時頃、前記文芸坐の三階映写技士控室入口附近において、前記新規採用の映写技士山田熊雄が被解雇者に代つて就業するため映写室に入ろうとするのを他の組合員数名と共に阻止していた際、誤つて自己の手にけがをしたことから右山田と口論し激昂した末、右入口の外にある二階に通ずる階段の上の踊り場で同人の身体を突きとばして横転させ、更に立ち上つた同人の背後から強く押して再び横転させ、そのまま右階段を五段位滑り落ちさせる等の暴行を加え、よつて同人に全治約一週間を要する左腰部打撲傷、左上肢擦過傷の傷害を負わせ、

第二、被告人中村は

一、同月一二日午前九時過頃、前記文芸坐映写技士控室入口附近で前同様新規採用者の就労を阻止していた組合員中の解雇されていなかつた者に対し、社長の命をうけて各自の職場につくよう促すために二階から三階に通ずる階段を昇りつつあつた社長秘書北富三郎が組合員の阻止に逢い途中から二階の本社事務室に帰ろうとするやその後を追つて階段の途中から同人の肩に手をかけて共に階段をかけ降りた上、右事務室に通ずる廊下の途中から同人を強く押して右廊下突当りの壁板に激突させる等の暴行を加え、よつて同人に全治約一ケ月を要する左第二、三、四指基関節捻挫右肘部の打撲傷皮下出血、左肘部打撲傷の傷害を負わせ、

二、同年八月八日午前九時過頃、前記山田熊雄が就労を阻止されて前記本社事務室に帰つた後を追つて右事務室に至り、同所において、「早く帰れ。」等と言いながら同人の鼻のあたりを手で突き上げ、同人が「痛いではないか、殴るのはよせ。」と言うと、「殴るというのはこんな風にするのだ。」と言いながら同人の上腹部のあたりを手拳で強打する等の暴行を加え、よつて同人に全治約一週間を要する左季肋部打撲傷の傷害を負わせ、

第三、被告人中村、同増井は、同年七月一四日午前九時三〇分頃、当時会社にあまり姿を見せず組合との団体交渉を直接することに難色を示していた社長三角寛こと三浦守が本社二階事務室奥の社長室に出勤しているのを知り、たまたま同日朝被告人高嶺が逮捕されたのは同社長の告訴によるものと考え、これに抗議し右告訴の取下げを要求しかつ被解雇者を当事者として参加させて冒頭に記載したような事項について当時ゆきなやみの状態にあつた団体交渉を開くことを要求すべく他の組合員数名と共に右社長に面会を求めて右本社事務室に赴いた際、三角社長が被告人らの要求に全く応じようとしなかつたのに憤激し、実力に訴えても同人の室外に出るのを阻止し、強硬に右要求を繰返し申し入れてこれを貫徹しようと考え、ここに右組合員数名と共謀の上、一〇時に来客があるからといつて帰宅をいそいでいた同人の行く手に立ちふさがつて口々に語気鋭く同人の態度を責めて詰め寄り、同人がこれを押し分けて通ろうとするや全員相協力して同人を同事務室内の衣服ロツカーに押しつけ、更に被告人中村において、同人を自己の両腕に抱き込んで右室内の労務部長用事務用机に押しつけ被告人増井及びその余の組合員らはその背後を取り囲んで押したりして、同人が被告人中村の腕から逸出するのを妨げ或は出口附近の予備机に全員で押しつける等の暴行を加えて同人の退出を阻止し、よつて同人に約二週間の安静加療を要する左背頸最長筋捻転、左肩胛部打撲傷の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人らの判示各所為はいずれも刑法第二〇四条、罰金等臨時措置法第二条、第三条(なお判示第三の所為を共謀してなした点は刑法第六〇条)に該当するので、被告人高嶺、同中村については、所定刑中いずれも有期懲役刑を選択し、被告人高嶺の第一の一及び二、被告人中村の第二の一、二及び第三の罪は、刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条、第一〇条に従い、犯情の重い被告人高嶺については第一の二の罪、被告人中村については第三の罪の刑に加重した刑期範囲内で被告人高嶺を懲役三月、被告人中村を懲役四月に処するが、本件犯行発生に至るまでの前記会社対組合の諸事情犯行後現在に至る右両者間の紛争並びにその解決の諸事情被告人等の諸般の事情、各被害者のその後の状況、本件犯罪が一般の傷害とは異なる情況の下において発生したものである点等を考慮して同法第二十五条第一項第一号を適用していずれも本裁判確定の日から各一年間、右各刑の執行を猶予することとし、被告人増井については所定刑中罰金刑を選択し所定金額内で同被告人を罰金二、〇〇〇円に処することとし、同法第一八条により、同被告人において右罰金を完納できないときは金二〇〇円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により、主文掲記のとおりそれぞれ関係被告人の負担とする。

(被告人及び弁護人らの主張に対する判断)

第一、公訴棄却の申立について。

一、起訴状の余事記載に関する主張について。

被告人及び弁護人らは本件各被告事件の起訴状には、公訴事実中に被告人が「経歴詐称の故をもつて……解雇の通知を受けたものである」とか、「引続き無断で会社に出入していた」とか、被告人高嶺が山田熊雄に「因縁をふきかけ」たとか、組合員が「職場を離脱して」「新規採用者を取囲んでいた」等、犯罪構成要件事実と関係のない記載があるが、これらは裁判官に被告人らの悪性を印象づけ、予断を抱かせるものであるから、かかる起訴は無効であつて、本件公訴は棄却さるべきであると主張する。しかし起訴状記載の公訴事実乃至訴因は、かかる事実が存在するという検察官の裁判所に対する主張であつてそれ以上の意味を有するものではないのであるから、起訴状の記載について予断のおそれを問題にする余地は原則としては存しないというべきであつて、ただ現行刑事訴訟法の採る当事者主義起訴状一本主義の建前から禁止されるのは裁判所の心証形成に影響するような証拠書類を添付したり証拠の内容を引用したり或は引用と同一の効果を生ずるような記載をし、もしくは犯罪事実と全く関係ない被告人の前科、犯歴等を記載することである。

本件において被告人及び弁護人らの指摘する起訴状の記載はいずれも本件傷害事件発生に至る経過、動機に関する検察官の主張に過ぎず、被告人らが極力攻撃する経歴詐称云々の点は、被告人らの受けた解雇の理由が経歴詐称であつたというだけで、実際に経歴を詐称した事実があるという意味には続み取れないし、「因縁をふきかけ」という点も、たしかに用語としてはいささか妥当を欠くうらみなしとしないが、その他指摘にかかる各記載と同様未だ裁判所の心証形成に関し被告人らの悪性を印象づけ、犯罪事実の存在につき予断を抱かせるおそれがあるものということはできない。

二、公訴権濫用の主張について。

次に弁護人らは本件公訴は正当な労働運動を弾圧する目的の下に会社側と結託して提起された不当なもので、検察官の事件処理が一般の刑事事件に比して著しく不公平であり、又共犯者とされる多数の者のうちから特に区別して取り扱うべき事情の全く認められない被告人のみを起訴することは甚しく公平を欠き公訴権の濫用であるから、刑事訴訟法第三三八条第四号により公訴棄却をすべきである旨主張する。なるほど一般論としては公訴権の濫用ということは考えられないわけではなく、かかる場合その公訴は無効であると解されるけれども、わが刑事訴訟法は起訴便宜主義を採用しており検察官において犯罪の嫌疑があると思料する場合において、これにつき公訴を提起するか、或は不起訴処分にとどめるかは全く検察官独自の判断にかからしめられているのであつて、犯罪の嫌疑の有無又は起訴が相当であるか否かについての或は共犯者多数の場合に何人を起訴し何人を不起訴処分にするかについての検察官の判断がたとえ誤つていたとしても、それだからといつて直ちに当該公訴が公訴権の濫用であると即断することはできず、検察官の右判断がいかなる見地から見ても全く誤つており、検察官としても充分このことを認識しながら敢えて特定の者をことさらに罪におとしいれる目的をもつて起訴したような場合にのみ公訴権の濫用と言い得るものと解すべきである。本件について審理過程に現われた諸資料を検討してみると、本件公訴事実は、いずれもこれに対応する犯罪事実が存在することはさきに認定した通りであつて、かかる事実の存在する以上、労働争議における暴力の行使は極力排撃されねばならないことを考えると、本件起訴が不当なものであると言うことは到底できないところである。

以上によつて公訴棄却の申立はいずれも採用し難い。

第二、本案に関する無罪の主張について。

一、本件における傷害は刑法にいう傷害の概念にあたらないとの主張について。

本件各被害者の蒙つた傷害のうち被害者三浦守の場合、同北富三郎の場合を除きその他の傷害はその程度において相当軽微であることは所論の通りであつて刑法にいう傷害の意味について弁護人の主張する「社会通念に照らして、吾人の日常生活において一般の看過されるような極めて軽微な身体の損傷、例えば本人が自覚しない程度の発赤とか表皮はく離あるいは腫脹、何らの治療手段を施さなくても極く短時間に自然に快癒する疼痛の如きは医学上はこれを創傷ないし病変と称し得ても刑法上にいわゆる傷害にはあたらない。」とする見解については当裁判所も亦これに同調し反対の意見を有しないのであるが、この見解を基準にしてさきに本件犯罪事実認定の証拠に採用した本件各被害者が証人としてなした供述を検討してみるに本件各傷害はいずれもここに不問に附されるべき限度を越え刑法にいうところの傷害と認めざるを得ない。すなわち本件各被害者はいずれもその受傷を自覚しており、これらのうちにはなるほど特別の治療を施さなくても治癒したものも存在はするが極く短時間に治癒したものであるとは到底言い難いから、これを刑法上の傷害と謂うを妨げないものでありこの主張は採用できない。

二、暴行と傷害との因果関係について

被告人及び弁護人らは、本件各傷害が果して被告人らの暴行によつて生じたものであるか否か甚だしく疑問であると主張するが、前示関係各証拠によれば、判示各傷害はいずれも関係被告人らの暴行に起因するものであることが明らかである。三角寛の蒙つた判示第三の傷害は被告人らが同人を圧迫したのに対し、同人がこれを避けて逸出しようとして身体をひねつたことも一因をなしているものと認められ、又北富三郎の蒙つた判示第二の一の傷害は被告人に押された同人が誤つて壁に手をつきそこねた故に生じたものであるとしても(同人はそのような証言はしておらず、むしろ同人の証言の趣旨はけがをしないように注意して手をつく余裕などはなかつたというにあるものと解せられるのであるが。)、右の程度の被害者の行為ないし過失が暴行と被害者の受傷との間に介在することは通常あり得べき事態に属するから暴行と傷害の結果の間に因果関係を肯認するに妨げないものというべきである。

三、正当行為の主張について。

被告人及び弁護人らは、本件において被告人らは公訴事実記載のような行為をしたことはなく、労働法上正当な行為をしたのみであると主張する。右主張は前段に重点がおかれているのであつて、公訴事実の存在を前提としてなお正当行為を主張するという趣旨ではないようにも解せられるのであるが、念のため判示認定事実を前提として当裁判所の見解を示しておくことにする。

(一)、先ず、判示第一及び第二の事実につき一括して考察する。関係証拠によると本判決理由の冒頭に判示したように、被告人らはいずれも会社から受けた解雇通告を不当として抗争し、右解雇通告を無視して就労を続けると共に被解雇者に代る新規採用者の就労を阻止していたものであつて、これらの行動はすべてその所属する株式会社文芸会館人世坐労働組合の方針としてなされていたものであることが認められる。かかる状況の下にあつて、右のように被解雇者が解雇通告を無視して就労することは、労働関係における紛争解決のための一手段として、それが適切なものであるか否かはともかく、直ちにこれをもつて違法と目すべきものではなく、又組合員が右新規採用者に対し会社の解雇措置の不当であるゆえんを説明し就労を見合わせるよう説得することも亦それが平穏に行われる限りそれだけで直ちに違法であるというべきではないであろう。而してこの場合において平穏に説得する余地を作るためピケツトラインを張つてこれら新規採用者の事業場内に入るのを阻止し、ピケラインを強行突破しようとする者に対しこれを一応押しとどめる程度において有形力を行使したとしても、それはなお労働組合法第一条第二項但書にいわゆる暴力の行使には該当せず、正当な労働者の行為の範囲内にあるものと解するのが相当である。しかしながら、右新規採用者においては必ず組合員の説得に応じて就労を断念すべき義務があるわけのものではないのであるから、一応条理を尽して説得してもこれらの者が説得に応じない場合においては、組合員としてはその者の自由意思を尊重すべきは当然であつて、右の限度を超えて相手方の自由を阻害するような仕方で執拗に有形力を行使してその者の通行を阻止したり押し返したり、或はそれ以上に強力な暴力を振うようなことは最早や正当な行為の限界を逸脱し場合により刑事上の責任を生ずるものというのほかない。

本件における被告人高嶺の行為は判示第一の通りであつて、右に説明した正当性の限界を超えていることはまことに明らかである。又、被告人中村の判示第二の二の行為は、既に就労を断念して本社事務室に帰つた山田熊雄の後を追つて同人を殴打したものであるから、これが右正当性の基準に照し違法なものであることは全く自明のことであるし、同第二の一の暴行は山田熊雄が就労を阻止されているのを知つて、組合員を制止しに来た北富三郎が、組合員に「何しに来た。帰れ。」と言われて逃げ帰る後を追つてなされたものであるから、これ亦何ら正当とすべき理由を見出すことができない。

(二)、次に判示第三の、三角寛に対する暴行につき考察する。被告人及び弁護人らは被告人らの三角に対する行為は正当な団体交渉権の行使であると主張するが、関係証拠によつて認められる被告人らの言動は甚だしく無秩序なものであつて、これをもつて労働法上正規の団体交渉とは称し難い。しかしそのことは別として、元来被告人らが三角社長に面会を求め、告訴取下げ、団交の開催等を要望すること自体は、それが平穏になされる限り、別段違法合法の問題を生ずる余地はないわけであつて、それに対して相手方が一顧も与えないような場合において、再考を促すため一応これを押しとどめたとしても、それは形式的には有形力の行使といい得ても社会通念に照し、未だ刑法上の犯罪として処罰するに値するほどの違法な行為ではないというべきであろう。しかし、そこには社会通念上おのずから定まる限界があるのであつて、相手方の意思行動の自由に不当な影響を及ぼすような仕方で有形力を行使することは如何なる理由によつてもこれを正当な行為ということはできない。関係証拠によると、三角寛は被告人らの要求に対し、「団交は一七日に開くことになつているではないか。今日は来客があるから帰る。」と一旦断つたが、なおも被告人らが口々に発言して退かないので事務室内のソフアーに坐つて被告人らの言い分を一通り聞いた上、「告訴は絶対に取り下げない。被解雇者を団交に加える意思はない」旨答え、「帰るから通してくれ。」と被告人らを押し分けて事務室出入口の方に進もうとしたところ、被告人らはなおも激越な口調で口々に発言しながら同人に詰めより、同人を判示のように衣服ロツカー、机等に押しつけて同人が室外に出るのを阻止したものであるから、被告人らのこの行為が右に説明した社会通念上許容される限界を超えたものであることは明らかである。

四、被告人らの行為には期待可能性がないとの主張について。

弁護人らは、本件紛争における各種の事情を考慮すると、被告人らに本件暴行行為に出でないことを期待することはできないから、犯罪の責任を問うべきではないと主張する。しかし前記三において説明したことは、健全な良識を有する一般通常人にとつては自明の理なのであつて、被告人らに右の基準に従つて行動することを期待するのが無理であるとは到底思われない。本主張も亦理由がない。

五、その他の主張について。

被告人及び弁護人らは本件各傷害事件は被害者側の挑発によりひき起されたものであると主張するが、そのような事実は証拠上認め難い。なお被告人及び弁護人らは会社側、特に三角社長の労働組合に対する態度の不当であることを種々の事例を挙げて論難するが、その中には本件犯罪の情状としては考慮に値する点はあつても、これが被告人らの行為の違法性もしくは刑事責任を阻却するものでないことは言うまでもない。

以上のような理由で主文のように判決する。

(裁判官 江崎太郎 徳松巌 藤井登葵夫)

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